TPP事前協議合意 自動車・保険で米に譲歩 経済の「実」取れるか
≪かんぽ新商品 凍結≫
政府は環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉参加に向けた事前協議で米国の同意を得る代わりに自動車や保険分野で譲歩を迫られた。日本にとって、自動車産業への恩恵が限定されるほか、日本郵政の上場計画に影響を及ぼしかねない。政府はTPP参加による輸出拡大などで実質国内総生産(GDP)が3兆2千億円増えると試算するが、今回の合意内容の影響をどこまで抑えられるかが、経済的果実の大きさを左右する。
最大の焦点だった自動車は、米国側の関税撤廃を最大限先送りする。日本の参加を米議会が認めやすくするため、政治力の強い米業界の意向に配慮した。
甘利明TPP担当相は12日の会見で、「ほかの国と一緒に交渉入りしていれば、もうちょっと(撤廃までの期間を短縮できた)という気持ちもなきにしもあらずだ」と大幅な譲歩に悔しさをにじませた。
自動車業界はTPP参加で最も恩恵が期待される。米国のほか、参加国内では輸入車関税がカナダで6・1%、ニュージーランドで最大10%と高水準で、TPPで関税がなくなれば輸出拡大が見込めるためだ。
だが、米国の関税維持を認めたことで、ほかの参加国も関税撤廃を渋る恐れがある。すでに日本に対し、オーストラリアが経済連携協定(EPA)交渉で、関税撤廃の猶予を求めている。
保険では政府が全額出資する日本郵政傘下のかんぽ生命保険が資金調達などで有利な立場にあるとして、米国側が「民間企業と競争条件が対等ではない」と批判。米保険会社が日本で約8割のシェアを持つがん保険などへの参入を制限するよう求めてきた。
そのため麻生太郎金融担当相は12日の会見で、かんぽ生命のがん保険など新商品の申請を「適正な競争条件が確立されるまで認可しない。(認可まで)数年かかる」と事実上凍結する考えを示した。
日本郵政が掲げる平成27年秋までの株式上場は投資家に訴える新規事業への参入が不可欠で、このままでは計画の見直しは避けられない。
米国が基準緩和を求める「食の安全」では協議を本交渉に持ち越した。日本側は着色料など添加物が健康に影響を与えないよう厳しい基準を維持する構えだが、「日本の基準を緩やかにするように求める圧力が強まり、国民の健康が脅かされる恐れがある」(日本消費者連盟の共同代表の山浦康明氏)との不安も強い。
通商政策が専門の米ブランダイス大のペトリ教授は日本にとってTPP参加は関税撤廃だけでなく、投資の自由化などで、10兆円の経済効果があると試算する。TPPの成果を最大限に生かすには、攻守両面の周到な戦略が必要になる。
≪自工会「報われないのか」≫
TPPへの交渉参加と引き換えに、乗用車やトラックにかける関税の最大限の維持などの妥協を迫られ、関税の完全撤廃を求めてきた自動車業界からは落胆の声が漏れた。
日本自動車工業会の豊田章男会長(トヨタ自動車社長)は12日、「国益の一層の増進の観点からTPP交渉に臨むことを期待したいが、関税撤廃時期については残念」とコメントした。
自工会などによると、TPP参加国(非関税のシンガポール除く)への自動車分野の関税支払額は年間約2千億円。米国だけで約800億円にのぼるという。今回の合意を受け、米国以外でも関税が残る可能性が高いという。
ある自工会幹部は、雇用や貿易収支の改善に自動車産業が貢献していることを引き合いに「円高下で苦しみながらも国内生産を維持してきた自動車産業は報われないのか」と話す。
一方、TPP交渉参加に関連し、麻生太郎金融担当相がかんぽ生命保険によるがん保険などの新商品販売を数年間は認めない意向を示したのを受けて、かんぽ生命では「がん保険に参入する見通しが全く立たなくなった」などと戸惑いの声が上がった。
日本市場で米国系の保険会社が大きなシェアを持つがん保険の具体的な検討を、かんぽ生命は凍結しているが、将来的には参入に踏み切りたい考えだった。
かんぽ生命は政府に申請中の新学資保険でも、金融庁に保険金支払い態勢の不備を指摘され、ことし4月の発売を断念した経緯がある。
≪農産物 「無傷」は困難≫
日本のTPP交渉参加に向けた日米合意は日本の農産物の関税に対する配慮を示したが、具体的な扱いは日本が交渉に加わった後に詰められる。ただ、コメなど重要品目の関税を現状のまま「無傷」で守り抜くのは難しく、海外との競争に耐えられる農業の再構築が課題になる。
政府はTPP参加で関税を撤廃した場合、コメや砂糖など農林水産物33品目の国内生産額計約7兆1千億円のうち、4割超に当たる3兆円が失われると試算。影響が最も大きいコメは、1兆100億円減る。安い海外産に押されるためだ。
政府は交渉で、コメ、麦、牛・豚肉、乳製品、砂糖の重要5分野の関税維持を主張する方針。自民党は5分野を関税撤廃の例外となる「聖域」として扱うよう求めた決議を安倍晋三首相に提出した。
だが、政府がどんなに厳しい姿勢で交渉に臨んでも、5分野の関税をすべて死守するのは困難だ。米国をはじめ各国の貿易協定は95~100%の自由化率(関税をゼロにする品目の割合)が一般的で、高水準の自由化を目指すTPPは例外が認められても、ごく一部に限定されるとみられる。
コメなど重要5分野は関税上は487品目と分類され、工業品と合わせた全品目の5・4%を占める。このうち「半分以上で市場開放を迫られる」(通商筋)との見方もある。
日本とTPP交渉参加国のオーストラリアとの経済連携協定(EPA)交渉では、牛肉などの高関税を維持した上で、一定量を低関税で輸入する枠を設ける案で近く妥結する見通しとなっている。
TPPでもコメを含め関税の一部引き下げや低関税の輸入枠が焦点になる可能性がある。
